マダム・バタフライ

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NOV 2025 Next

 

マダム・バタフライ
三幕からなる日本の悲劇(1904年)
作曲:ジャコモ・プッチーニ
台本:ジュゼッペ・ジャコーザ、ルイージ・イッリカ(デイヴィッド・ベラスコの作品に基づく)

 

上演時間:約2時間50分(第1幕後に休憩あり)
言語:イタリア語(ドイツ語・英語字幕付き)
推奨年齢:12歳以上

 

海軍士官ピンカートンは、マダマ・バタフライとして知られる芸者の蝶々さんに恋をし、日本の慣習に従って彼女と結婚しようとするが、永続的な関係を望んではいなかった。しかし、蝶々さんはピンカートンを真剣に愛し、彼の子を産む。彼女は数年間、彼の帰りを信じて待ち続ける。やがてピンカートンは帰ってくるが、彼は新しいアメリカ人の妻と共に子どもを引き取りに来たのだった。蝶々さんは短刀で自ら命を絶つ。

 

Madama Butterfly は、実話に基づいているとされる短編小説を原作としている。19世紀中頃、アメリカの艦隊が日本の港の開国を強いたことで、日本文化は西洋に影響を与えるようになり、その逆もまた然りであった。この新たに知られるようになった国は、急速な技術進歩を遂げながらも、自らの文化を守ることで異なる近代性を示していた。ジャコモ・プッチーニは、この日本という舞台や音楽のエキゾチズムを、単なる植民地主義的な模倣ではなく、深い理解と敬意をもって取り入れた。彼は日本音楽の資料を研究し、実際の民謡を楽譜に組み込み、洗練された管弦楽法と独自の音色を生み出した。これらの要素が組み合わさることで、この「日本の悲劇」は、歴史の中でも最も感動的なオペラのひとつとなった。アイケ・グラムスの演出は、日本のきらびやかな舞台の中で、二つの文化の衝突を繊細に描き出している。

 

 

あらすじ

時と場所:1904年の長崎。

 

第1幕

アメリカ海軍の戦艦エイブラハム・リンカーン所属の海軍士官ピンカートン(Pinkerton)は日本人の少女と結婚することになった。

結婚斡旋屋のゴロー(Goro)が、長崎にきたピンカートンに、結婚後に暮らす丘の麓の家や、下女のスズキ(Suzuki)や下男を紹介して機嫌を取っている。

そこへ駐長崎領事のシャープレス(Sharpless)がやってくる。ピンカートンはここでアリア「ヤンキーは世界のどこへ行っても」を歌う。シャープレスは優しい心の男であり、ゴローが紹介した少女がこの結婚が永久の縁と堅く信じていることを思い出し、戸惑う。だがピンカートンは、この結婚も一時の愛だとシャープレスの危惧を一笑に付すのであった。

 

そこへ蝶々さん(Cio-Cio-San)が芸者仲間とともに現れる。このとき「さあ一足よ」を歌う。シャープレスが可憐なこの15歳の少女に身の上を問うと、実家は大村の没落士族の家であると答え、父から頂いた切腹のための刀の入った箱を披露する。それにより、座は一時しらけてしまうが、ゴローによって結婚式の準備が進められる。蝶々さんは前日にキリスト教に改宗したことを告げる。 三々九度など一連の結婚の儀式が済んだ頃、蝶々さんの叔父のボンゾ(Bonze)が現れる。彼は蝶々さんの改宗を怒って詰問するが、ピンカートンに追い払われる。うろたえる蝶々さんを慰めるピンカートン。2人はここで愛の二重唱「可愛がってくださいね」を歌う。

 

第2幕

結婚式から3年が過ぎた。ピンカートンは任務が終わり、アメリカ合衆国に帰ってしまっていた。彼は蝶々さんに「コマドリが巣を作る頃には帰ってくる」と約束していた。蝶々さんの忠実な下女スズキは彼は既にそれらを反故にしたのではと疑うが、ピンカートンを信頼する蝶々さんにとがめられる。 きっと夫は帰ってくると信じてやまぬ蝶々さんは、ここでアリア「ある晴れた日に」を歌う。

 

その頃、シャープレスはピンカートンがアメリカ本国でアメリカ人女性と結婚したことを本人の代わりに蝶々さんに告げることになっていた。しかし蝶々さんの夫への信頼を見た彼は、それを壊すようなことはできなかった。蝶々さんはピンカートンの手紙を見て喜ぶ。そこへゴローが裕福な紳士ヤマドリ公(Prince Yamadori)を連れてやってくる。ヤマドリ公は蝶々さんに結婚を申し出るが、夫からの手紙に喜んでいる蝶々さんはそれを拒否する。ゴローは蝶々さんは離婚された妻であると説明しようとしたが、蝶々さんは激しく断る。「それは日本の習慣に過ぎない。今の私はアメリカ人である」と。ゴローとヤマドリ公がすごすごと帰ってしまうと、シャープレスと蝶々さんは「友よ、見つけて」を歌う。

 

そして、シャープレスがピンカートンが帰ってこなければどうするのか、と蝶々さんに問うと、芸者に戻るか、自刃するしかないと答え、困惑したシャープレスが「ヤマドリ公の申し出を受けてはどうか」と勧めると、「あなたまでがそんなことを言うのか」と怒り、シャープレスに彼女とピンカートンとの子供を見せ、「わが夫がこの子を忘れようか」と言い放ち、「子供のために芸者に戻って恥を晒すよりは死を選ぶわ」と泣き叫ぶ。シャープレスはいたたまれずに去っていく。

 

スズキは蝶々さんの悪評を拡げようとするゴローを捕まえる。蝶々さんにとって悪い話が次々と届く中、遠くにピンカートンの所属艦エイブラハム・リンカーンが兵員の到来を礼砲で告げた。それを望遠鏡で見つけた蝶々さんとスズキは喜び、家を花で飾り、二重唱「桜の枝を揺さぶって」を歌う。そして自分達と子供を盛装させ、障子を通して、ピンカートンの帰りを凝視する。夜が過ぎ、長いオーケストラとのハミングコーラスのパッセージが演奏される中、スズキと子供は眠ってしまう。蝶々さんは決して後悔していなかった。

 

第3幕

夜が明けた蝶々さんの家。蝶々さんは寝ずの番をしていた。スズキは目覚め、子供を蝶々さんのもとへ連れて行く。スズキは憔悴した蝶々さんを休むよう説き伏せる。ピンカートンとシャープレスが登場し、スズキに恐るべき真実を告げる。しかし、ピンカートンは罪悪感によって深く打ちひしがれ、自身を恥じていた。余りに卑劣なことで自分の口から蝶々さんに告げることはできず、彼は義務を放り出して去ってしまう。このときピンカートンはアリア「さらば愛の巣」を歌う。スズキは、はじめは猛烈に怒っていたが、シャープレスから、蝶々さんが子供を渡してくれれば、ピンカートンのアメリカ人妻がその子を養育するということを聞き、説き伏せられてしまう。

 

蝶々さんはピンカートンと会えると思い、目を輝かせて登場する。しかしピンカートンの代わりに彼のアメリカでの妻ケイト(Kate Pinkerton)と対面させられる。蝶々さんは感傷的な穏やかさをたたえつつ真実を受け止め、礼儀正しくケイトを祝福した。これで平穏が見いだされるであろうと。それから、ケイトやシャープレスにお辞儀をし、子供を渡すことを約束する。そしてスズキに家の障子を全部閉めさせ一人きりになる。障子越しに侍るスズキに対しては、「子供を外で遊ばせるように」と命じて下がらせる。

 

蝶々さんは仏壇の前に座り、父の遺品の刀を取り出し、「名誉のために生けることかなわざりし時は、名誉のために死なん(Con onor muore chi non puo serbar vita con onore.)」の銘を読み自刃しようとするが、そこへ子供が走ってくる。蝶々さんは子供を抱きしめアリア「さよなら坊や」を歌い、子供に目隠しをし、日米の国旗を持たせる。そして、刀を喉に突き立てる。今際の際でも子供に手を伸ばす蝶々さん。そこへ異変を聞きつけたピンカートンとシャープレスが戻ってくるが、とき既に遅く、蝶々さんは息絶える。幕。

プログラムとキャスト

配役 – 2025年11月30日、12月3日、12月6日、12月10日
指揮:トマーシュ・ネトピル
演出:アイケ・グラムス
美術・衣装:ペーター・シコラ
合唱指導:ダニ・ユーリス

 

蝶々さん:コリーヌ・ウィンターズ
スズキ:ナタリア・スクリツカ
ケイト・ピンカートン:サンドラ・ラーグス
ベンジャミン・フランクリン・ピンカートン:ブライアン・ジャグデ
シャープレス:ラウリ・ヴァサル
ゴロー:アンドレス・モレノ・ガルシア
山鳥王子:イラクリ・プハラゼ
僧侶ボンゾウ:N.N.
帝国高官:ハンソン・ユン

 

ベルリン国立歌劇場合唱団、ベルリン国立管弦楽団

 

 

配役 – 2026年4月22日、4月24日、4月26日、4月30日
指揮:ケリ=リン・ウィルソン
演出:アイケ・グラムス
美術・衣装:ペーター・シコラ
合唱指導:ダニ・ユーリス

 

蝶々さん:エレーナ・グセワ
スズキ:ナタリア・スクリツカ
ケイト・ピンカートン:サンドラ・ラーグス
ベンジャミン・フランクリン・ピンカートン:ナジッディン・マヴリャノフ
シャープレス:アルットゥ・カタヤ
ゴロー:ファン・ジュンホ
山鳥王子:イラクリ・プハラゼ
僧侶ボンゾウ:マヌエル・ヴィンクラー
帝国高官:ハンソン・ユン

 

ベルリン国立歌劇場合唱団、ベルリン国立管弦楽団

ベルリン国立歌劇場(ウンター・デン・リンデン)

Staatsoper Unter den Linden は、ベルリンで最も権威あるオペラハウスの一つで、豊かな歴史と重要な文化的影響を持っています。

 

歴史:
Staatsoper Unter den Linden は、1741年から1743年にかけて、建築家ゲオルク・ヴェンツェスラウス・フォン・ノーベルスドルフの指揮のもとに建設されました。プロイセン王フリードリヒ2世によって委託され、当初は「Königliche Oper」(王立オペラ)と呼ばれていました。オペラハウスは、第二次世界大戦の損傷後、いくつかの改修と再建を経て、1984年に大規模な改修の後に再オープンしました。

 

建設:
オリジナルのデザインはバロック様式で、エレガントなファサードと壮大な入り口が特徴です。1950年代と1980年代に再建され、外観はクラシックなままに保たれつつ、内装は現代化されました。ファサードには、6本のコリント式の柱と目立つ中央のペディメントが特徴です。

 

内装:
内装は、その豪華でクラシックなデザインで知られています。ホールはその音響と壮麗さで有名で、豪華なベルベットの座席と精巧な装飾があります。舞台と座席エリアは現代のパフォーマンス基準に合わせて更新されていますが、歴史的な美学は保たれています。

 

コンサートと公演:
Staatsoper Unter den Linden では、オペラ、オーケストラコンサート、バレエなど、さまざまな公演が行われています。ドイツの主要なオーケストラの一つである Staatskapelle Berlin の本拠地です。オペラハウスは、その高品質なプロダクションとベルリンの活気ある文化シーンでの役割で評価されています。

 

アクセス
シュターツオーパー・ウンター・デン・リンデンは、その優れた公共交通機関の接続により、完全にバリアフリーでアクセスできます。

住所: Unter den Linden 7; 10117 ベルリン

Sバーン
S+U Friedrichstraße (S1, S2, S5, S7, S25, S75)

 

地下鉄
Hausvogteiplatz (U2)
Museumsinsel (U5)
Stadtmitte (U2, U6)
Unter den Linden (U5, U6)

 

バス
Staatsoper (100, 245, 300)
Unter den Linden/Friedrichstraße (100, 147, 245, 300, N6)

 

駐車場
Q-PARK駐車場 Unter den Linden/Staatsoper
Bebelplatz, 10117 ベルリン
駐車場には、5つの電気自動車用充電ステーションがあります。詳細情報はこちらをご覧ください。

Bebelplatzの地下駐車場には、障害者用駐車スペースとオペラハウスへの直接アクセスがあります。17:30から23:30の間に駐車場に入ると、最大駐車料金は7ユーロです。この料金を利用するには、駐車券を支払い機に入れて、「劇場料金」というメッセージがディスプレイに表示されます。17:30前に駐車場に入ると、この料金は利用できず、ディスプレイにも表示されませんのでご注意ください。ヒント: イベント前に支払い機で劇場料金を支払えば、ショー後の不必要な待ち時間を避けることができます。

Wikipedia
© Gianmarco Bresadola
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